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歴史の距離感

今は2017年,一般相対性理論からおよそ100年後.2020年の東京オリンピックの年には,ジャズエイズの100年後に差し掛かる.現代からの距離感を測る尺度の1つとして,その時代の情報量があるのかもしれない.

例えば書籍があればその次代の価値観や最前線が分かる.例えば写真があれば暮らしの概観を得られ,自分をそこに描くことも出来る.例えば映像があること.それは近代らしさの基準の1つになっていると思う.これら情報量の質と多寡は,空気や湿度による山の霞具合が遠近感を伝えるように,現代との距離感を表す.表していた.

恐らく多くの人が言うように,ちょうど2000年を超えた頃から,情報はある閾値を超え始めている.それらの全容を眺めるのは難しく,今後は断片との比較という側面が強くなるのではないか.今日は漠然とそんなことを考えていた.

----追記

つまり,歴史が進歩主義的に進み,それとの距離が情報の濃度によって決まっていたという旧来的な価値観があって.でもこれからは,これからは歴史は飽和したものから構成されるという,一部界隈では当たり前の言説が,肌感覚として感じられるレベルに降りてくるのではないか,ということっぽい.