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何か

また何者にもなれないことになるよ,そうやって費やした時間を無駄にするの,と頭の片隅が言う.

2マス進む.体調不良.サイコロを振る

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歩いていて,アメリカはピングドラムなのだとふと思い至った.
「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」
そんな言葉と共に注目を集めたアニメピングドラム.視聴はしてみたけれど,実際の中身と何者さとの関係は余りわからなかった.

去年の9月位,渋谷かどっかで映画「君の名前は」を見た.その時,合わせて流される広告に「何者」の映画があったを覚えている.就活のタイミングの映画で,演劇にしても良さそうな雰囲気だった.何かになれそうでなれない人たち.twitterユーザにこそ向いてるという内容のtweetがあったけ.

twitterのユーザはだいぶバイアスがかかっている.およそ9割5分の人々は理論や科学を尊びはしない.それは正解・間違いということではなく,そもそも科学は手続きへの信仰なのだから,それはそれでいいのだと思う.結局,アメリカのトランプはそういう話だよね.信仰は妥当性を保証しない.

感情には柄がある.
漫画ブリーチは良くネタにされるけど,結構好きだ.例えば"錆びつけば 二度と突き立てられず 掴み損なえば 我が身を裂く そう 誇りとは 刃に似ている"というのが良く印象に残っている.それがポジティブなものか,ネガティブなものかに寄らず感情には刃と柄がある.ちゃんと自分のそれは自分で握っていないといけない気がしている.

日常がつまらないという発言は感情や好奇心を誰かに放棄するものだ.或いは誰かがなになになのでどうこうというのもきっと同類なのだろう."自分の感性くらい自分で守ればかものよ"とは茨木のり子の発言だけど,個々人の感情は個々人が持っている人が僕は好きだ.何故だかそれを優しさと理解されることが多いけど,一番シビアな立場だとも思っている.

アメリカ的な考え方として,ヒーロー性みたいなのがある.子供の頃を思い返せば,1つや2つは格好良いと思えた何かがあったのではないだろうか.別段,今それを信仰する必要もないけれど.でもまぁ,たとえその途上にあっても,格好良い方がいいよね

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風邪を引いたりして弱ると変なことが出るのであれだ

日差しが春めいてきた.がんばろう